2010年3月12日(金) 06:22 JST
用があり数日間、呉に帰った。
帰った日は暖かかったので、上着も持たずに来てしまったが、この数日、急に寒くなってしまった。あまりに寒いので家にこもって曲でも作ろうかと思ったが、せっかく呉に戻ったのだからと急遽ユニクロで防寒着を揃え探検に出かけた。
前回の探検の際にも訪れた場所だが、もう一度ひとりで行ってみたい場所があった。
それは、「産業神社」である。そこは心休まるそして様々な想像を掻き立てられる場所であった。
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タグ:呉探検記場所はアレイからすこじまから山側に少し上がった所、工場を右手に見ながら、左の丘の上である。
アレイからすこじまへ行った事のある方ならご存知であろうセブンイレブン呉潜水艦桟橋前店の横の道を100メートルほど登る、そうすると丘の麓にひっそりと「工廠神社」の石碑と「産業神社 此の上」と彫られた石柱がある。そこから階段を上って参拝する事にした。
地図で分かるように現在は串山公園として別の入り口が有るようだが、産業神社としてはこちら側から入るのが正しいように思う。
結構、長い階段を登る。
昔、ここの地下に施設があったのだろう、古い煙突のようなものが地面からはえている。さらに登ると左手にトーチカ跡も有る。木々の間から製鉄所の高炉が見えるなかなか産業神社らしい風景だ。
階段を登り終えると境内に出る、秋の落ち葉で一面覆われているが、近所の人がよく掃除をしているのだろう、所々に掃除道具が置いてあり、ゴミも無く、緑に囲まれた気持ちの良い空間である。境内には自然石の手水鉢の跡も有る、ただ残念な事に鳥居は無かった。
この日は、寒いだけでなく風も強かった、港では多少海も荒れ気味だった。此処は比較的、背の高い木や竹に囲まれているため風は弱い。木々のざわめく声がむしろ心地よい。
神社自身は土台だけ残された廃墟の様になっている。昔はちゃんと本殿や拝殿が有ったのだろう。今は御神体の代わりとして置いたと思われるコンクリートブロックが本殿跡らしき場所にちょこんと置かれている。産業神社の御神体がコンクリートブロックというのが、なんとも良い感じである。
そもそも、どういう経緯でこの神社が作られたのかは知らないが、かつてこの辺りが海軍工廠だった頃の姿や、どのような人々がここに参っていたのか知りたくなった。
私の祖父は海軍工廠の技師であったそうだ、祖父もこの神社に参ったのだろうかと考えながら、コンクリートブロックに拝礼した。
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